100年後の君たちへ(その1)

渡邊 剛

僕には科学者を志したときに思った夢がありました。「100年後の人と話をしたい」という夢でした。ようやく自分のことを科学者の卵と言ってもいいのではないかと思えたときに、再び、その夢を思い出しました。 研究者としての長く世知辛い(せちがらい)生き残り競争と慣れない場所や文化での生活、それに続く母校での学生達との楽しい時間、すっかり、うっかり、忘れてしまっていました。

 去年の春(西暦2014年)ちょうど僕は喜界島にいました。
 喜界島はサンゴ礁研究の聖地といっても過言ではない場所です。駆け出しで異端児だった僕にはなんだか恐ろしくて容易には立ち寄れなかった場所でした。でも、少しだけの自信と大いなる勇気を持って訪れた喜界島の空気とサンゴ礁、人に触れたときに何かがストンと落ちてきた気がしました。これまで見てきたこと出会ってきた人たち、なくしたもの去っていった人たち、これからしなくてはならないこと出会うだろう人たち、全てのざわめきが一瞬静かになった気がしました。そして研究所ができました。

 今、島で常駐をはじめた山崎敦子さんが、母校の北大に立ち寄った今年の年初め、100年後の未来に我々が何をできるだろうかと尋ねたら彼女は迷わずにこういいました。「過去を知り今を記載し続けること、それを未来に残すこと」。弟子の成長ぶりに目頭が熱くなりましたが、同時に、僕自身にはまだ具体的な考えがないんだなと思いました。

 みなさんの夢はなんですか。

 おいしいものをお腹いっぱい食べることですか。友達を100人つくることですか。友達と時間を忘れて遊ぶことですか。好きな人といつまでも一緒にいることですか。綺麗な風景をいつまでも見ていたいですか。遠く離れた人に会いに行くことですか。なくしてしまった大事なものやうしなった大切な人をとりもどすことですか。世界中を旅してまわることですか。世界の人たちを仲良くさせることですか。戦争のない世界を作ることですか。飢えている人や病気の人、困っている人を救うことですか。人々を感動させることですか。ロケットに乗って宇宙の果てを見ることですか。昔の綺麗で平和な地球を取り戻すことですか。

 僕の夢は100年後の人と話をすることです、想いを伝えることです。やり方はまだわかっていません。何を話すべきかもまだ決まっていません。

 誰かが夢を語るとき、そんなことできるわけないよと笑う人たちがいるでしょう。それはきっと偉大で大きな夢を持てている証拠だと思うのです。そんなことやって意味あるのと顔をしかめる人がいるでしょう。それはきっと誰も到達したことのない新たな境地へ行くことのできる前触れかもしれません。

 僕は変わりものの科学者なので(注釈:科学者が全て変わりものといっているわけではありません)、一人になっても夢に向かって頑張ろうと思っています。一人でも研究所は研究所です。二人いればりっぱなチームです。10人いたら、きっと、すぐに100人の人が集まるでしょう。

 とてもありがたいことに、今の僕には志を同じにする同志と仲間がいます。少しは慕ってくれ酒を飲んで二日酔いになっても大目に見てくれる学生や友人がいます。何をやるかさえ知らないのに支えてくれる人たちがいます。きっと、いつか僕の願いは叶うと思っています。

 そしていつか100年後の人に僕たちの想いが届いて、その中にそのまた次の100年後の人と話をしたいと思ってくれる人がでてくればいいなと思っています。1年間で8回目?の喜界島での滞在を終えた機上でそんなことを思いました。札幌では例年よりも2週間早い桜の開花宣言が出されていました。喜界島から暖かい風が吹いたのかもしれません。

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